新型コロナウイルスのパンデミック下では、外食産業の停止によって魚の消費が減少し、家庭向けの鮮魚価格は一時的に下落しました。しかし、コロナ収束後は外食需要の回復に加え、中国をはじめとする海外市場への輸出が再び活発化しました。その結果、国内の鮮魚価格は高騰し、庶民の食卓から魚が遠のく状況が続いています。
さらに、2022年に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、漁業に欠かせない燃料価格の高騰を招き、水揚げコストを押し上げました。農林水産省のデータによると、2022年の漁業用燃料価格は前年比で30%以上上昇した時期もあり、これは最終的な小売価格に反映される形となっています(※1)。
しかし最近、状況が変わりつつある兆しが見えてきました。一つは、ウクライナ戦争が長期化する中で停戦交渉への機運が少しずつ高まっていることです。原油価格も2024年以降はやや落ち着きを見せており(※2)、燃料コストの安定は漁業経営の負担を軽減する可能性があります。
もう一つは、中国経済の減速です。中国国家統計局の発表では、2025年の中国のGDP成長率は政府の建前成長「5%前後」すら下回る可能性が指摘されており、不動産バブルの崩壊や若年失業率の高止まりなど、景気の実態は厳しいとされています(※3)。こうした背景により、高級魚を中心とした日本産水産物への需要が落ち込み、輸出量が減少しつつあるとの見方もあります。
たとえば、日本政府の2023年の輸出統計では、中国向け水産物輸出額が福島処理水の影響もあり大幅に減少しました(※4)。輸出量の減少は、国内流通量の増加につながり、価格が下がる要因となり得ます。
さらに、中国人の海外旅行者数も2019年比で未だ大きく回復しておらず、これは中国国内の実質的な購買力や景気の不透明さを反映しているとも言えるでしょう(※5)。
結論
世界情勢と中国経済の変化により、日本の魚介類が再び手頃な価格で流通する可能性が高まりつつあります。ウクライナ戦争の長期化による燃料価格の落ち着きと、中国の景気後退による輸出需要の減退が相まって、魚が庶民の食卓に戻る日はそう遠くないかもしれません。
【出典】
※1:農林水産省「令和4年度 漁業用燃料価格の推移」
※2:国際エネルギー機関(IEA)「World Energy Outlook 2024」
※3:中国国家統計局は2025年第1四半期のGDP成長率を「前年比5.4%」と発表しており、政府目標の「5%前後」を上回る数値となっています。ただし、この数値については、実態よりも高く見せる「下駄を履かせた」可能性が指摘されています。
独立系エコノミストや研究機関の間では、実際の成長率は3~4.5%程度との見方が多く、地方政府による報告の誇張や不動産市場の不振、若年失業率の統計非公表などが背景にあります。したがって、公表値と実態の間には1~2ポイント程度の乖離があると考えられています
※4:財務省「貿易統計(2023年)」
※5:UNWTO「World Tourism Barometer 2024」