一度は引っ込められた基礎年金底上げ案が、マスコミの後押しを受けて再び浮上しようとしている。
さすが国民を食い物にする自民党と立憲民主党だと言わざるを得ない。
なぜ、わざわざ厚生年金を使う必要があるのか、まったく理解できない。
もちろん、時代の犠牲者ともいえる就職氷河期世代を支援する必要が国家にあるのは当然だ。
しかしそれを、現役で保険料を支払っている厚生年金加入者に肩代わりさせるのではなく、国民全体が納める税金で支えるべきではないのか?
このような疑問や不満は、今まさに年金制度を支えている現役世代のあいだで強く共有されている。実際、ある納税者からは次のような声も聞かれる。
■ 制度の根本を揺るがす「財源の転用」
「基礎年金と厚生年金では、目的も財源の性質もまったく異なる。基礎年金はすべての国民に最低限の生活を保障する社会保障制度で、本来は税で賄われるべきもの。一方で厚生年金は、自分が支払った保険料に応じて将来給付を受ける“自助”の制度。両者の財源を混ぜれば、拠出と給付の対応関係が崩れ、制度の信頼が揺らいでしまう」
このような指摘は、制度の設計原理そのものを問うものだ。現役世代にとっては、「自分のために支払っているはずの保険料が、いつの間にか他人のために使われている」という構図に、強い違和感があるのだ。
■ 公平性と透明性が失われる恐れ
さらに、こうした不満の根底には、制度運用の公平性と透明性への疑念がある。
「社会全体で支えるべき課題は、税で対応すべきだ。税金であれば国会の予算審議を通じて使い道が明示され、国民の監視も働く。しかし、厚生年金の積立金を使えば、現役加入者の将来の給付が、知らぬ間に引き下げられるリスクがある。不透明で不誠実なやり方としか思えない」
年金制度は「国民の信頼」によって成り立っている。制度に対する納得感が失われれば、保険料を支払う意欲すら損なわれかねない。
■ 現役世代からの提案
こうした不安の声とともに、建設的な提案も見られる。
- 基礎年金の底上げは、あくまで税で賄うべき
- 厚生年金積立金は、将来の受給者のために厳格に保全すべき
- 制度改正にあたっては、現役加入者や納税者の意見を反映する仕組みが必要
■ コメント
年金制度における「給付の底上げ」は、誰もが安心できる社会を目指すうえで重要な課題だ。しかし、その財源をどこから確保するのかという問題は、国民の信頼を左右する重大な論点でもある。
現役世代からの声は、決して単なるわがままではない。制度への納得感と持続可能性を確保するための、ごくまっとうな主張だ。政府・政党・報道機関は今こそ、感情論ではなく制度論としてこの議論に正面から向き合うべきではないだろうか。
