―最新のCPUやソフトウェア設計に見る「社会的構造」との共通点―
コンピュータやAIの進化はとどまるところを知りませんが、その設計思想には意外にも「人間社会の構造」が色濃く反映されています。
なぜか?
それはシステムを設計するのが人間であり、人間が理解しやすく、効率的で安定した社会の仕組みをそのまま模倣しているからです。
ここでは、最新のCPUやソフトウェア技術に見られる「人間社会に酷似した仕組み」を7つ紹介します。
① エース社員への集中配分 → 優先度付きスケジューリング(CPU)
企業では、どんな部署にも「仕事ができる人」がいます。
そういった人は、難易度の高いプロジェクトや重要なタスクを優先的に任され、他のメンバーはルーチン業務やサポートに回されるのが一般的です。リーダーやプロマネがチームを引っ張り、組織として最大効率を出すための合理的な構造です。
この構造は、CPUの世界にもそのまま当てはまります。
たとえば、AMDの最新Threadripperのような多コアCPUでは、全96コアが一様に動いているわけではありません。OSやCPUは「優秀なコア」に優先度をつけ、そこに重たい処理を集中させる「優先度付きスケジューリング」が行われます。
このように、コンピュータも「できるヤツに任せる」のです。
② 部署単位での効率化 → キャッシュ最適化とNUMA構成
企業では、部署内で同じプロジェクトや業務内容を共有することで、情報伝達やノウハウの共有がスムーズに行われます。わざわざ別部署をまたいで情報共有するよりも、ローカルな最適化の方が効率的です。
これもまさに、コンピュータの「NUMA(Non-Uniform Memory Access)」構造に対応します。AMDのEPYCやThreadripperでは、近接したコア同士が同じメモリ領域やL3キャッシュを共有しており、アクセスの高速化が図られています。
つまり「近くの人(=コア)と協力するほうが効率的」という、人間社会の知恵がそのまま技術に落とし込まれているのです。
③ 定型業務の最適化 → ホットパスの最適化(JIT、命令予測)
企業では、営業や事務処理などにおいて「毎回同じような作業」が発生します。こうした定型業務は、テンプレート化したり、自動化ツール(RPAなど)で効率化される傾向にあります。人間の判断が不要なものは、どんどん機械やルールに置き換えられています。
これはソフトウェアやCPUにも当てはまります。
たとえば、JavaのJITコンパイラは、何度も実行される部分(ホットパス)を検出してネイティブコードに最適化します。CPUも命令予測(branch prediction)を使って、毎回同じ処理を先読みして高速化します。
つまり、「繰り返しは最適化」「機械的に処理する」という発想は、人間社会とまったく同じなのです。
④ 派遣・契約社員の活用 → スレッドプールとワーカー管理
多くの企業では、繁忙期やプロジェクトの立ち上げ時に外部から派遣社員やフリーランスを呼んで人手を補います。業務が落ち着けば契約を終了させ、必要なときだけ柔軟にリソースを調整する。これが現代の企業経営の特徴です。
ソフトウェアにも同様の仕組みがあります。
JavaやPythonなどでは「スレッドプール」を用意し、ワーカーを使い回しながら効率よくタスクを処理します。余計な生成コストを抑えつつ、必要な時に即時対応可能な柔軟性も持たせているのです。
⑤ 業務の集中時間確保 → コンテキストスイッチの抑制
人間もマルチタスクが苦手です。メールを書いてる途中に電話が鳴り、会議に呼ばれて、またメールに戻る…という状況では集中力が削がれ、作業効率が激減します。これを避けるために「会議のない時間帯」「集中タイム」などが推奨される企業も増えています。
これはコンピュータで言うところの「コンテキストスイッチ」。CPUがタスクを切り替えるときに、内部状態を保存・復元する必要があり、コストがかかります。
頻繁な切り替えはシステムの効率を落とすため、タスクのまとまりを保ち、切り替え回数を減らすように最適化が行われています。人間とまったく同じですね。
⑥ プロジェクトごとの人員調整 → ロードバランシングとオートスケーリング
会社のプロジェクトは、時期や規模に応じて人員を柔軟に増減させます。大規模な案件が始まれば人を集め、終了すれば解散。固定化せず、必要なリソースを動的に調整するのが理想です。
この発想はクラウドコンピューティングでも重要です。
アクセスが集中すれば自動で処理ノードを増やす「オートスケーリング」や、負荷を均等に分配する「ロードバランシング」は、まさに人材の配置最適化と同じ思想に基づいています。
⑦ 代替人材の配置と引き継ぎ → 冗長構成とフェイルオーバー
どんな優秀な社員でも病気や退職はあり得ます。企業では、引き継ぎマニュアルを用意したり、副リーダーを置いて「誰かが抜けても回る」体制づくりが不可欠です。業務の属人化は避けたいところです。
この考え方は、ITの世界で言えば「冗長構成」にあたります。RAIDによるデータ保護、クラスタリングによる自動フェイルオーバーなど、システムは常に“人が倒れても回る”仕組みを内包しています。
危機管理の発想も、やはり社会とコンピュータで一致しているのです。
人間社会で機能している仕組みは、コンピュータの設計にもそのまま取り込まれています。
それは偶然ではなく、「効率」「安定性」「柔軟性」という普遍的な価値が、社会にも技術にも共通して求められるからです。
高度に発達したテクノロジーは、意外にも「人間くささ」に満ちている――そんな視点で技術を見ると、もっと身近に感じられるのではないでしょうか。
ここまでは人間が設計したからこそ、人間のアイデアによる発想の設計になっていた。
これからは、AIが“設計そのもの”を発想し始める時代がやってくる。
この潮流は、将棋の世界を見れば一目瞭然です
その代表例こそ、AI世代の象徴・藤井聡太名人です。
◆ 将棋AIが示した「人間の常識の限界」
将棋は長い年月をかけて人間が積み上げてきた“定石”という知の集積の上に成り立っていました。
プロ棋士たちはそれらを学び、応用し、改良することで競い合ってきました。
しかしAI(特にディープラーニング系の将棋ソフト)が登場すると、
従来「悪手」とされていた指し手が、実は極めて合理的だったと証明されるケースが次々に現れました。
▶︎ 例えば…
- 序盤から王を動かす「早囲い」
- 駒損をいとわず攻める捨て身の構想
- 美しくもない形が、実は最善手であるケース
こうした“人間の美意識”や“慣例”を覆す手を受け入れ、戦術に昇華させていったのが藤井名人です。
彼は「AIと共に学ぶことで、新しい将棋を作り直した」第一人者であり、もはや人間だけの頭脳では到達できない世界にいます。
◆ 同じことが「コンピュータ設計」に起きたら?
将棋で起きたような革命は、今後コンピュータ設計の世界でも十分に起こり得ます。
これまで、人間の社会性や論理に基づいて作られていたシステムは、AIが設計することで全く別の進化を遂げるかもしれません。
想定される変化:
① “役割分担”の否定:全プロセスを同時並列に動かす設計
→ 人間社会のような「チーム」「部署」の概念を捨て、全リソースを横断的に動かす構成。
→ 優先順位や責任の割り当ても消えるかもしれません。
② 非直感的な配線・命令体系
→ 人間にとって読みやすい構造ではなく、AIが学習した「最も高速な接続構造」「最も効率の良い命令順」を自動設計。
→ 例えば「カオス的に見える回路だが最速」なもの。
③ 冗長性の再定義:壊れる前提で設計
→ RAIDやバックアップといった“保守的冗長性”ではなく、壊れながら再構成される動的システム。
→ 人間社会の「安定優先」思想とは異なり、自己修復型で回復する仕組み。
④ 形のないOSやCPU
→ 従来の「カーネルがあって、プロセスがあって…」という階層構造を放棄し、メッシュ的・再帰的構造を持つ全く新しい“思考的アーキテクチャ”の登場。
◆ すでに始まっているAI設計の試み
実際に、AIによって回路やプロセッサを自動設計させる研究は進んでいます。
Googleの「AutoML for Chip Design」では、AIが自らチップレイアウトを設計し、人間のエンジニアよりも高速・省電力な構成を見つけ出しました。
しかもその設計は、人間にとっては「なぜそうなったのかが理解できない」構造です。
これは、将棋AIが「人間には見えなかった手筋」を提示した構図と極めてよく似ています。
◆ 結論:合理性のその先へ
人間が設計したコンピュータには、人間の“癖”が映ります。
- 優秀な人材に重要な仕事を集中させる
- 部署ごとに知識を分けて効率化する
- 安定性のために冗長性を持たせる
これらはすべて「人間的な合理性」に基づいた構造です。
しかし、AIにとっての合理性は、人間のそれとは別物です。
人間にとって「気持ち悪い」「理解できない」構造こそが、実は最適解である可能性がある。
将棋の世界がそうであったように、
今後のコンピュータアーキテクチャも「人間社会に似ていることが良い」とは限らない時代がやってくるでしょう。
そしてそれは、“設計という行為”そのものが、AIによって再定義される時代の到来を意味します。