無職生活1年経って感じたこと

退職後1年経過していたことを忘れていた。

2017/6/30に退職しているので2018/7/1で記念すべき無職生活1周年となる。

今日も札幌滞在期間に雨がシトシト降っているのでとりとめもなく1年間を振り返ってみた。

時間感覚

退職後半年あたりでは時間経過が早く感じていた。

しかし1年経って振り返ってみると長くも短くもなく以前と変わっていない。

ストレスが減少しやることが減ると1日が短いとか1年が短く感じるとか時間感覚が短くなると思い込んでいたがそんなことはなかったようだ。

興味深いのはライターで起業家のベル・ベス・クーパー1日を長くするのに5つの方法があると言及している。

  1. Keep learning(学習の継続)
  2. Visit new places(新しい場所へ訪問)
  3.  Meet new people(出会い)
  4. Try new activities(新しい行動)
  5. Be spontaneous(自発的になる)

自分に当てはめてみると、

仕事に関係した学習はゼロになったが知識欲はあるので図書館に通ったりネットで調べ物をする時間は明らかに増加している。

仕事では学習(充電)を披露する機会(放電)があり充放電を繰り返していたが辞めてからは充電のみなのでいかがなものかとは感じるが学習している時間は変化していない。

2番目は札幌滞在もバンコク滞在も他の地域への旅行も増加しており気がついたら実践していた。

それに知らない場所をポタリングするのが大好きなので今後も続けていくことになる。

出会いはそれほど変化がなさそうだ。

勤務していた頃が人に会う機会は今より数十倍多い。

但し決まった職場で決まった人とコミュニケーションを取っていただけなので出会いというものは少なかった気がする。

現在は引きこもり状態なので人に会う機会を減らしているが出会いがゼロというわけでもない。

4番目は減っている。

仕事をしていれば否が応でもやりたくない仕事だって手を出さなければいけない。

それに仕事なのでと暗に強要されている面はあったものの人と違うことを画策して行動するのが好きだったのでその機会と範囲は今よりも大きかった。

そして最後、業務上指示されるのではなく指示する側だったので一見は自発的に行動しているようだが本意ではない。

今は全ての行動が自発的である。

ただ自発的行動が増えているかといえば今のところ旅行とジム通いでsurprisingも増えているようには感じない。

退職前後の評価としては次のようになる。

1.→ 2.↑3.→ 4.↓ 5.→ (ゲームのコマンドの入力方法じゃないよ)

だから時間感覚に変化がないのは正解らしい。

ストレス

仕事をやめてストレスフリーになったはずだが性格柄大きな要因が消えると次の小さな要因が同じように気になってしまう。

楽観主義者がいつのまにやら悲観主義者に変わっていた。

持病のため少し鬱が入っているのかもしれない。

現在の一番のストレスは健康だ。

昨年辞めると決めてから不整脈が現れて約2カ月で治まったのだが今年も同じ時期に心拍が不安定になった。

同時期に中途覚醒も始まって今に至る。

会社を辞めていなければどちらも起きていなかったかもしれない。

楽観主義ならこれだけの症状で済んでよかった、あぶないあぶないと喜んでいるだろう。

しかし心の奥底にあるのが中途半端に倒れた時。

コロッと死ねれば問題ないがその確率は低く健康寿命が過ぎてベッドで生きながらえるのは困る。

そんなことが頭によぎるので健康面が不安になるわけだ。

同居人や後見人でもいればいいのだが子供を作らなかった自分が悪いので仕方がない。

金銭面

博打に手を出さず詐欺に引っかからず事故を起こさず家計簿を続けていれば経済的には何とかなる。

何とかなるから辞めたので当たり前だ。

しかしもうろくした年寄りを狙った詐欺は後を絶たないのでとにかくボケないことが肝要だ。

ニュースやワイドショーであんな陳腐な儲け話に乗り詐欺に引っかかってしまうのだと笑い飛ばしているかもしれないが判断力が低下すると思いもよらない行動に出てしまう。

それをいくつもの詐欺事件が証明している。

そしてボケないためには正しい睡眠。。

結局神でも仏でもなく健康に帰依する。

生き甲斐

定年後の生きがいはなんですか?どうするのですか?みたいな記事やインタビューが見受けられる。

前から主張しているように天命追求型なので考えるだけ損だと考えている。

目標など考えたらストレスになるだけだ。

少し前に全国制覇を考えたがあれはcommitではなくaspiration(願望)だ。

会社員の頃も会社の目標、部門の目標、個人の目標はあったもののあくまで報酬を貰うもしくは引き上げるための手段であって自分の目標でなかった。

世の中には目標達成型が正しいという風潮があるので困る。

社畜をやめて自由になり今度は自分で自分を縛ってどうする。

まあ無理に設定すれば「健康に生きて世の中の進歩を見てみたい」

ジジイになってSFに出てくるアンドロイドがとうとう完成したか、と言ってみたい。

そんなところ。

もちろん目標達成型は目標を作らないとストレスになるので達成して満足するような目標を立てるべき。

夏冬の移住

夏は涼しい場所で冬は暖かい場所で過ごすのが夢だ。

その手段として移住がある。

ブログを始めたころから冬はタイに住んで夏は北海道に住むと目論んできた。

しかし経済的な理由や利便性を鑑みて諦めたり復活したりを繰り返している。

今後も続きそうだ。

地元を離れ札幌かバンコクのどちらかに拠点を置いてもう一方に避暑か避寒に滞在するというのが経済的に正しい。

しかし札幌のある街に1カ月住んで分かったことがある。

詳しいことはまたの機会にするが簡単にいえばこの歳になると順応性が低下している為かこれまでと同じ生活に近づけようとしてしまう。

生活環境を変えても長い間培った習慣は変わらず徐々に元に戻そうとする力が働くようだ。

1週間の旅行では気がつかないが1カ月滞在すると分かってきた。

札幌滞在が涼しくて楽しいのは地元に拠点があるからだと気づかされた。

従って春秋は自宅、冬はバンコク、夏は北海道が自分の理想だが実現にはまだ時間がかかりそうだ。

9年後

60歳になったら昔はこんな下らないこと考えたんだって読み直して笑いたい。


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